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墳丘の長さが103メートルの前方後円墳で、前方部は東を向いている。墳丘のまわりに濠がめぐっている。その外側には堤の存在が知られている。また、堤を輪郭付けるための掘り込みがあったことが発掘調査で確認されている。
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洪積段丘上に築造された墳丘長154mの前方後円墳。墳丘は後世の改変が著しいため築造当初の姿をイメージすることは、きわめて難しくなっている。前方部を西に向け、墳丘は三段築成。周囲には濠と堤をめぐらせ、さらに堤の外側には区画用と目される溝が掘削されていることが発掘調査によって分かった。
墳形は前方部長が後円部径に比して短くかつ幅の狭い「柄鏡形」を呈すること、前方部が後円部より約4m低いこと、堤が墳丘に沿って前方後円形であることなどが古い要素として挙げられる。後円部頂には板石が散乱していることから竪穴式石槨が存在しているものと推測される。副葬品は板状の銅製品の出土が伝わっている以外、詳細は不明。
1984・85年の発掘調査によって墳丘には葺石が施されていること、後円部では円筒埴輪列がめぐることが確認された。また南側のくびれ部では造出しが検出され、壺形埴輪が列状に配されていることや家、蓋、盾、囲み、水鳥、鶏、馬、猪などの形象埴輪が出土している。円筒埴輪の特徴や形象埴輪の組成から、築造年代は5世紀前半と推定される。
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